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猪瀬直樹 今亡き夫人の約束の品を売却 現在は前向きに生きる姿勢にスタジオ涙


猪瀬直樹が東京オリンピック招致中、今亡き夫人の約束の品を売却することが、4月6日放送の「私の何がイケないの?」にて、明らかとなるそうだ。果たして、約束の品とは一体何なのだろうか。それについては今日の放送を見ていただくとして、予告には「夫婦の物語に涙」というあらすじが書かれていた。

という事は、猪瀬直樹と夫人の間に何かあった可能性が高いと考えられる。そこで今回は猪瀬直樹と夫人の関係にフォーカスしてお伝えしていく事にする。なので、放送前や、放送終了後でも、新たな気付きがあるかと思うので、是非参考にして頂ければと思う。

 

 

猪瀬直樹は夫人を脳腫瘍で亡くしていた事が発覚 二人の夫婦生活の感動秘話に密着

まず、二人の出会いから結婚。そして死別までの馴れ初めをお伝えしていく前に、猪瀬直樹や夫人の経歴について、現在分かっている範囲で簡単にお伝えしていこうと思う。猪瀬直樹は1946年11月20日生まれで、前東京都知事だった(徳洲会から5000万円を受け取ったという話もあるが…)

今でこそ政治家でのイメージがとても強い猪瀬直樹。しかし昔は作家を目指していたという過去があり、夫人とは当時作家を目指していた時に出会ったという。しかし、猪瀬直樹は作家活動を続けるも、一向に人気が出ず、苦しい日々が続いたという。結局は大宅壮一ノンフィクション賞を受賞する事になるのだが、詳しくはまた後でお伝えする。

そして、気になる猪瀬直樹の夫人についてだが、名前は猪瀬ゆり子と言うそうで、ただ猪瀬ゆり子夫人の情報に関してはほとんど出回っていない為、詳細はお伝え出来ないのだが、一つハッキリと分かっている事は「かなり波瀾万丈な人生を送ってきた」という事。そして、猪瀬直樹にとっては、いなくてはならない存在であった事だ。

…そんな2人の出会いはなんと大学生のころから出会っていたそうで、当時猪瀬直樹が19歳。そして夫人のゆり子が18歳。しかもこの二人、出会った瞬間から「生涯一緒に生きていく人」と悟ったようだ。まさかそれが本当になるとはこの時思いもしなかっただろう。

 

 

二人の想いは同じだったらしく、大学卒業の時に、二人はなんと駆け落ちすることになる。物凄くドラマ的な展開だが、なぜ二人は駆け落ちしなければならなかったのだろうか。その原因は親にあったという。当時夫人の親は、ゆり子には銀行員や公務員など、安定した人と結婚させたかったという。

しかし、いざ両親が紹介された人物は、当時作家を目指していた猪瀬直樹。猪瀬直樹は作家を目指していたため、もちろん就職する気も無かったという。両親にとっては理想とかけ離れた相手だったため、当時猛反対したのだろう。それでもどうしても二人で過ごしたい…その想いが、駆け落ちへと繋がったのだろう。

ゆり子は、猪瀬直樹二ついていくという形になり、二人は本当に上京。しかし、二人の生活となるともちろん作家活動をしているだけでは食べていけないため、猪瀬直樹は作家活動をしつつ、肉体労働に明け暮れる毎日。しかし、それでも稼ぎは知れているため、夫人は夫を支えるために、教師として働くことにする。

この生活がなんと20年ほど続いたそうだが、諦めずに続けてきた甲斐もあり、とうとう猪瀬直樹は【ミカドの肖像】で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。これにより猪瀬直樹は一気に有名となり、生活は一変。経済的にも余裕が出来るようになる。そうなると夫人は教師を辞め、猪瀬直樹を支えるために専業主婦になる。

猪瀬直樹が夜遅く帰ってくると、猪瀬直樹の大好物のロールキャベツを作って待ってくれていたという。とても感動的な話だが、しかしそんな夫人は、2013年7月21日に都内の病院で亡くなってしまう。原因は脳腫瘍だった。病院に行った時はすでに遅く、余命も後数か月という所まで迫っていたそうだ。

ちなみに亡くなったのはちょうど猪瀬直樹が東京オリンピック招致活動で忙しかった時の事だった。これが、猪瀬直樹と夫人の出会いから死別までになる。恐らくこの物語と、約束の品の売却と何らかの意味があると思われるが、現在点では何とも言えないため、真相は【私の何がイケないの?】を見て頂ければと思う。

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